江戸時代「教科書」は何と呼ばれていた?
【ことば検定】今日の問題と答え
グッド!モーニング「ことば検定スマート」の問題と答えを紹介しています。
林修先生が、「ことば」「漢字」にまつわる勉強になるクイズを出題して面白く解説してくれます。
*正式な解答が出るまでは、解答予想となりますのであらかじめご了承ください。
ことば検定 問題
今週は、テレビ朝日の「未来をここからプロジェクト」の一環で、SDGsがテーマです。
SDGsの17の目標の中で、日本が目標達成したと言われているのが、4番目の「質の高い教育をみんなに」という目標です。
そんな日本の教育を、海外に輸出する取り組みが始まっています。
日本の小学校や中学校でごく普通に行われていることで、海外から高い評価を得ていることがあります。
学級会・日直・掃除など、子どもの社会性や協調性を育むことができるとして、エジプトの学校ではこうした活動が取り入れられているようです。
そんな日本の教育が庶民にまで行き届くようになった時代といえば、江戸時代です。
そこで、今日は江戸時代まで「教科書」のことは何と呼ばれていたかという問題です
江戸時代「教科書」は何と呼ばれていた?
青 -古今東西
赤 -往来物
緑 -弱いなら?
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ことば検定 答え
赤 -往来物
ことば検定 解説
きょうの解説
江戸時代の子どもたちに、読み書きそろばんを教えていた場所は寺子屋です。
江戸時代 全国に広まり日本の識字率を高めました。
寺子屋で使われていた「教科書」は、手紙の文例集から発達していました。
「庭訓往来」というのが、最も使われた教材です。
「庭訓(ていきん)」とは、孔子が庭を走る子どもを呼び止めて、詩と礼を学ぶことを教えたという故事からできた言葉で、"家庭で子どもに教育すること"という意味です。
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