ニュース検定,池上彰
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終戦直後、産児制限の旗振り役となった女性政治家は?
「グッド!モーニング」 ニュース検定 -池上彰-

 

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池上彰 ニュース検定

 

ニュース検定 今日の問題

終戦直後、産児制限の旗振り役となった女性政治家は?

 

【選択枝】
 土井たか子
 市川房枝
 加藤シヅエ
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本日の解答

 加藤シヅエ

 

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池上彰さんの解説

今日のキーワード
"少子化"を考える⑤
【過剰人口】

終戦直後の社会問題「過剰人口」


日本の出生数が、戦後ピークを迎えたのは1946年です。
第1次ベビーブームの最後の年ですが、当時の出生数、赤ちゃんの数はおよそ270万人でした。

2019年は過去最低のおよそ86万人でしたから、今の3倍以上です。
戦地からの引き上げや、復員で帰ってきた若者たちが、子供をもうけたのです。

終戦直後の日本の大問題は、今とは正反対の"過剰人口"でした。

「人口増加を食い止めるべきだ」と主張したのは、GHQの連合国軍総司令部です。
過剰な人口を放置すれば、貧富の格差が広がり、日本が共産主義化する恐れがあると見たのです。
一方、日本政府は、"産児制限"に否定的でした。
人口増加を食い止めると、将来的に国力の衰退につながると考えていたのです。

産児制限の旗振り役となった加藤シヅエ

こうした中、GHQが期待を寄せた女性がいました。
加藤シヅエです。
戦後、日本人で初めて女性で衆議院議員になった人物です。
GHQは「加藤なら、衆議院議員として、産児制限に動いてくれる」と考えたんですね。
加藤は、戦前から女性運動を率いて、「産めよ増やせよ」の時代に、"産児制限"の運動をしていたからです。
加藤は当選後、早速"産児制限"の立法化に向けて動きました。
GHQと、歩調を合わせたのです。
そして、日本政府も動きました。
1948年には、中絶を可能にする"優生保護法"が成立したのです。
計画出産や避妊が広まり、出生数は劇的に下がっていきました。

優生保護法
1948年に成立した、中絶を可能にする法律
計画出産、避妊により出生数激減
その副作用が今も日本社会を苦しめているのです。

 

前回のニュース検定

 

本日の出題

 

 

 

 

 

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