
千利休も秀吉も
天下人を魅了! 三井家茶碗100撰
【GOOD!いちおし】
テレビ朝日グッド!モーニング「Good!いちおし」のコーナーで紹介された内容をご紹介しています。
天下人を魅了! 三井家茶碗100撰
| 利休や秀吉ゆかりの名碗から金継ぎの原点まで、侘びと自由な美を求めた茶人たちの美意識に迫ります。 |
千利休が求めた理想の茶碗
今回の「GOOD!イチオシ」では、三井記念美術館で開催中の企画展から、千利休をはじめとする茶人たちが愛した名碗が紹介されました。
中でも注目されたのが、千利休のわび茶の理念を完成形として表現したとされる「黒樂茶碗 銘俊寛」です。
樂茶碗は、豊臣秀吉が京都に築いた聚楽第の「楽」に由来すると考えられています。
利休自身も聚楽第の中に住んでおり、その近くで採れた土を使って焼かれたといいます。
利休がこだわったのは、手にすっとなじむ形と軽さです。
よく見ると器はわずかに歪み、削りに削られた部分は厚さ3ミリほどしかないところもあるそうです。
そこに緑色の抹茶が入った姿こそ、利休が求めた究極の美だったのかもしれません。
もし市場に出れば評価額は億単位、10億円や20億円でも不思議ではないほどの価値があるといいます。
わび茶の原点は村田珠光
質素で静かな美を重んじる「わび茶」の原点を築いたのが、利休の心の師ともいわれる村田珠光です。
展示されている珠光ゆかりの茶碗は、中国で作られた青磁でした。し
かし、本来なら青く焼き上がるはずが、焼成時に酸素が入り、茶色っぽい色になっています。
当時の中国では大量に作られ、庶民も使っていたような器だったそうです。
高価で完璧なものではなく、あえて素朴な器を茶の湯に用いたところに、珠光の美意識が表れています。
珠光がわび茶の礎を築き、利休がそれを大成させました。
古田織部は「破格の美」を追求
利休の弟子 古田織部は、わび茶の美意識をさらに大胆に発展させました。
展示されている織部ゆかりの茶碗には、なんと完成した器をあえて割り、再びつなぎ合わせたものがあります。
金属のくさびを打ち込んだ部分もあり、現在の抽象画のようにも見える独特な姿です。
常識にとらわれず、歪みや傷さえも美として受け入れる感覚は、現代の「金継ぎ」にも通じます。
割れた器を捨てるのではなく、傷を生かして新たな価値を生み出す金継ぎ人気の原点ともいえる考え方が、すでにこの時代にあったのです。
本阿弥光悦の茶碗にも自由な美
さらに展示されているのが、琳派の祖とも称される本阿弥光悦の茶碗です。
光悦の本職は刀剣の研磨や鑑定でしたが、優れた芸術的才能を持ち、茶碗作りにも取り組みました。
光悦の茶碗は、口縁が刀で切ったようにすっぱりとした形になっていたり、厚みが均一ではなかったりと、とても自由です。
焼く際に入ったひびも、そのまま作品として生かしています。
素人の手作りともいえる茶碗ですが、そこには計算されたような大胆さがあり、光悦の天才的な感性が表れています。
三井家が300年以上かけて集めた茶道具
今回展示されている多くの茶碗は、もともと三井家が所蔵していたものです。
三井家は江戸時代中期に呉服商や両替商として発展しました。
大名や武家と付き合ううえで、茶の湯は必須科目であり、交流の場でもありました。
そのため三井家の当主たちは代々茶の湯を学び、300年以上にわたって名品を収集してきたのです。
会場には、織田信長の弟・織田有楽斎が建てた国宝茶室「如庵」の室内を再現した展示もあります。
有楽斎が使った茶碗や、自ら削った茶杓、さらに利休が所持していた茶器なども見ることができます。
秀吉が愛した茶碗と国宝の名碗
豊臣秀吉ゆかりの高麗茶碗も展示されています。
もともとは三好長慶が所持し、その後、秀吉の手に渡ったとされる茶碗です。
ただし、秀吉の「黄金の茶室」では茶道具まで金で統一されていたため、この茶碗がそこで使われた可能性は低いと考えられています。
豪華絢爛を好んだ秀吉と、質素な美を追求した利休。
二人の美意識の違いは、後に大きな対立へとつながっていきました。
会場には国宝「志野茶碗 銘卯花墻」も展示されています。
絶妙な歪みと色の変化があり、見る角度によって表情が変わる名碗です。
千利休、古田織部、本阿弥光悦、織田有楽斎。名だたる茶人や文化人が追い求めた美の形を、一度に見られる貴重な企画展です。
三井記念美術館の展示は11月23日まで開催されています。
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