ニュース検定,池上彰
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1947年当時のインド どの宗派の人が多数派?
「グッド!モーニング」 ニュース検定 -池上彰-

 

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池上彰 ニュース検定

 

ニュース検定 今日の問題

1947年当時のインド どの宗派の人が多数派?

 

【選択枝】
 ヒンズー教
 イスラム教
 仏教
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本日の解答

 ヒンズー教

 

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池上彰さんの解説

今日のキーワード
"危機"に指導者は⑦【分離独立】

インド独立の背景にあった宗教対立

昨日お伝えしたように、インドは1947年にイギリスから独立しました。
ただそれは、ガンジーが望んでいない形での独立でした。
そもそも独立前は、インドもパキスタンも、イギリス領インドとして同じ国でした。
ガンジーはそのまま独立することを思い描いていましたが、インドはパキスタンと分離されたのです。
どうしてガンジーの望んだようにならなかったのかというと、根深い宗教対立があったからです。

しかしその裏には、イギリスの思惑がありました。

イギリスの思惑
宗教対立をあおり独立問題を弱める → 分割統治

ヒンズー教徒とイスラム教徒との対立をあおり、お互いけん制させれば、独立に向けた動きが弱まるとイギリスは考えていたのです。

いわゆる分割統治です。

インド・パキスタンに分離独立


こうしたイギリスの統治方法が影響して、結局、ヒンズー教徒主体のインドイスラム教徒中心のパキスタンとに分かれて、1947年に分離独立したのです。

この分離独立に際して、インドに住んでいたイスラム教徒はパキスタンに、パキスタンのヒンズー教徒はインドに移動しました。
実に1400万人の大移動です。
その際、暴動なども起き200万人が犠牲になりました。さらに、カシミール地方の領有権をめぐり、インドパキスタン戦争も起きました。

これはガンジーにとって最悪のシナリオでした。
"非暴力不服従"を掲げて独立を勝ち取ったのに、暴力によって血が流れる事態が発生したからです。
そしてさらなる悲劇が起きます。
ガンジー自身が暗殺されたのです。
犯人は、過激なヒンズー教徒でした。
非暴力主義は、結局ガンジーの祖国インドにすら浸透しませんでした。
しかしその思想は、アメリカの公民権運動で活躍したキング牧師などに引き継がれ、社会を変える原動力となったのです。

 

前回のニュース検定

 

本日の出題
「ことば検定プラス」
「お天気検定」

 

 

 

 

 

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