暗殺真相&1000億円偽造 教科書と違う!? 坂本龍馬の"素顔"【GOOD!いちおし】
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暗殺真相&1000億円偽造
教科書と違う!? 坂本龍馬の"素顔"
【GOOD!いちおし】

 

グッド!モーニング「Good!いちおし」のコーナーで紹介された内容をご紹介しています。

今日の「Good!いちおし」
暗殺真相&1000億円偽造
教科書と違う!? 坂本龍馬の"素顔"

暗殺の真相や船中八策、さらには巨額の偽金計画まで。
残された資料を別の角度から読み解くと、教科書ではわからない坂本龍馬の素直が見えてきました。

 

教科書だけでは見えない
坂本龍馬の素顔

今回の「GOOD!いちおし」では、幕末の英雄・坂本龍馬について、残された資料を別の角度から読み解くことで見えてきた新たな真相が紹介されました。

黒船来航をきっかけに日本が大きく動いた幕末。
坂本龍馬や西郷隆盛らが新しい時代を切り開いたことはよく知られています。
しかし歴史は、基本的に「勝った側」によって語られてきました。

徳川幕府の功績は明治新政府によって否定され、さらにその前の時代も、後の権力者によって見え方が変えられてきました。

近年は、そうした一方向の見方ではなく、別の視点から幕末史を掘り起こす研究が進んでいます。
今回は、大河ドラマの時代考証も担当した山村竜也さんが、坂本龍馬の意外な一面を解説しました。

 

龍馬暗殺の新事実
実行犯は謎ではなかった?

坂本龍馬といえば、1867年に京都の近江屋で暗殺されたことが有名です。
その実行犯については長く謎とされてきましたが、実はかなり有力な記録が残されています。

戊辰戦争後、幕府側の組織「京都見廻組」に所属していた今井信郎が捕らえられ、取り調べの中で「自分たちが龍馬を襲った」と自供しています。
この証言は、大正時代に刊行された『坂本龍馬関係文書』にも収録されており、京都見廻組実行説の信憑性は高いとされています。

では、なぜ幕府側は龍馬を狙ったのでしょうか。
その背景には、前年の寺田屋事件がありました。

京都・伏見の旅籠「寺田屋」で幕府の取り方に囲まれた龍馬は、拳銃で応戦して脱出します。
この時、取り方2人を射殺したとされ、幕府側から見れば龍馬は警察官を殺して逃げた重罪人でした。
龍馬側から見れば危機を切り抜けた爽快な場面ですが、幕府側からしてみれば警察官2人を撃ち殺して逃げて。罪が重いし強い恨みが残っていたのです。

龍馬暗殺の新事実は、役人2人を殺害された幕府の龍馬に対する恨みから行われた可能性があるそうです。

 

龍馬の倒幕計画
幻の貨幣偽造計画

龍馬は、大政奉還の実現に大きく関わった人物として知られています。
しかし、倒幕に向けて考えていたとされる計画には、かなり大胆なものもありました。

それが、貨幣の偽造計画です。
龍馬は土佐藩の重臣・後藤象二郎と話す中で、幕府を倒すための資金づくりとして、金銀の含有量を調整した偽造貨幣を作ることを考えていたといいます。
その規模は当時の金額で100万両、現在の価値にするとおよそ1000億円にも相当するとされます。

実際に計画が行われる直前、龍馬は暗殺されてしまったため、偽造は実行されませんでした。
英雄として語られる龍馬の姿からは少し意外ですが、それだけ大きな構想と行動力を持っていた人物だったともいえます。

 

お金集めがうまかった龍馬

龍馬とお金にまつわる話は他にもあります。

1865年、龍馬が作った日本初の商社ともいわれる「亀山社中」では、薩摩藩の支援を受け、給料は月額3両2分ほどだったといいます。現在の感覚ではおよそ35万円ほどで、龍馬も他の隊士と同じ金額を受け取っていたそうです。

しかし、のちに土佐藩の外郭組織として作られた「海援隊」の隊長になると、龍馬の金銭感覚は変わっていきます。

隊士一人あたり月額5両(現在の約50万円)が必要だとして、土佐藩にたびたび資金を要求しました。
当時、海援隊には龍馬を含めて16人の隊士がいたため、合わせて80両が必要でした。
後藤象二郎は気を利かせ、20両を上乗せした100両を岩崎弥太郎に命じて龍馬へ送ります。

ところが龍馬は、「100両は隊士に渡した。ところで隊長である自分の給金はどうなっているのか」と手紙で求め、さらに活動資金として50両も要求したといいます。

一見するとがめつくも感じられますが、龍馬の家は三代前まで商人でした。そのため、お金を集めることを恥とせず、必要な資金を堂々と求める感覚があったのかもしれません。
集めた資金を私利私欲ではなく、政治や活動のために使っていたところに、龍馬らしさがあります。

 

「船中八策」は偽物?
誕生は龍馬死後

龍馬の功績としてよく知られる「船中八策」にも、新たな見方があります。

船中八策とは、新しい日本を作るための八つの方針で、龍馬が船の中で考えたとされてきました。
しかし、実はその名で書かれた原本は存在していないと考えられています。

後に、龍馬が長崎から京都へ向かう船中で新政府構想を考えたという証言をもとに、後世の人々が「船中八策」という形にまとめた可能性が高いといいます。

ただし、「船中八策」の中身自体は龍馬のアイデアであったことに間違いはありません。
新政府の基本方針に関わる構想は、龍馬が実際に持っていたものと考えられます。
つまり、船中八策という文書名や形は後の創作でも、龍馬の明治維新への功績は偽文書であったとしても弱まることではないのです。

 

ブーツ姿に表れた龍馬の個性

最後に紹介されたのは、有名な坂本龍馬の写真に写る珍しいアイテムです。

それは、龍馬が履いていたブーツです。
幕末にブーツを履く日本人はいましたが、ほとんどはズボンと合わせるスタイルでした。
ところが龍馬は袴姿にブーツを合わせていて。龍馬の個性的な面がよく表れています。

 

暗殺の背景、偽金計画、海援隊の資金要求、船中八策の真相、そしてブーツ姿。
今回の解説からは、教科書で語られる英雄像だけではない、より人間らしく大胆な坂本龍馬の素顔が見えてきました。

 

 

 

-これまで紹介した「GOOD!いちおし」-

 

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