「大隈重信」と福澤諭吉 出会いのきっかけは?
【ことば検定】今日の問題と答え
グッド!モーニング「ことば検定スマート」の問題と答えを紹介しています。
林修先生が、「ことば」「漢字」にまつわる勉強になるクイズを出題して面白く解説してくれます。
*正式な解答が出るまでは、解答予想となりますのであらかじめご了承ください。
ことば検定 問題
今日は、大隈重信が生まれた日です。
大熊重信は、1838年の江戸時代生まれで、佐賀藩の武士の家に生まれました。
明治になると新政府の官僚になり、その後政治家に転身し、2度総理大臣を務めました。
早稲田大学を創立したことでも有名です。
同じく私学の雄と言われる慶應義塾大学と何かで競う場合には、一般的に早慶戦と称されます。
慶応を創立した福澤諭吉と大隈は、親しく交流していたのですが、、その大隈と福澤が出会ったきっかけは何かという問題です。
「大隈重信」と福澤諭吉 出会いのきっかけは?
青 -知人のいたずら
赤 -演説会での口論
緑 -8割 ダンディー集い
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ことば検定 答え
青 -知人のいたずら
ことば検定 解説
きょうの解説
知り合う前の大隈重信と福澤諭吉は、お互いを犬猿の間柄と思っていました。
大隈はこんな風に書いています。
「その頃わが輩は、いささか権力のふるえる役人で、その上 書生気風が抜けていなかったから、図太いことをいうと、福澤もまた偉そうなことを云って役人をくさす。
両方で小しゃくにさわっていた」
福澤は、政府から国のために働くを求められても応じなかったことがあるのです。
こうした態度が、偉そうにうつったのでしょうか。
そして2人の出会いは、大隈によると「こんな犬猿の間柄で、一方は民間学者のあばれ者、もう一方は役人のあばれ者、これをかみあわせたらさぞ面白かろうと、いたずらどもが考えた」と書いています。
実際2人は会ってみると意気投合したそうで、将来にわたって親密な関係を続けたと言われています。
前回の問題
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