「高村光太郎」7年小屋に暮らしたきっかけは?【ことば検定スマート】
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「高村光太郎」7年小屋に暮らしたきっかけは?
【ことば検定】今日の問題と答え

グッド!モーニング「ことば検定スマート」の問題と答えを紹介しています。
林修先生が、「ことば」「漢字」にまつわる勉強になるクイズを出題して面白く解説してくれます。

 

*正式な解答が出るまでは、解答予想となりますのであらかじめご了承ください。
*解答予想が出ていない場合は、再読み込みを繰り返してください。

 

 

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ことば検定 問題 

 

きょう4月2日は、1956年に彫刻家で詩人の高村光太郎が亡くなった日です。
「智恵子抄」という詩集が有名です。
智恵子とは、高村光太郎の妻です。

こんなフレーズで始まる詩があります。
ー「智恵子抄」あどけない話
智恵子は東京に空が無いといふ、ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、切っても切れないむかしなじみのきれいな空だ。

 

智恵子は福島出身で、1年に3~4カ月は地元に戻っていたようです。
そして詩は、こんなふうに続きます。

ー「智恵子抄」あどけない話
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながらいふ。
阿多多羅山の山の上に毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

2人の結婚生活は智恵子が亡くなるまで24年続き、光太郎は55才で再び独りになりました。
そして62歳から、お世辞にも綺麗だと言えない小屋で生活を始め、7年ほど暮らしました。

そこで今日は、この小屋に移ったきっかけは何かという問題です。

 

「高村光太郎」7年小屋に暮らしたきっかけは?

   -弟子入り
   -疎開
   -ホークの集落買収や

 

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ことば検定 答え

   -疎開

 

 

<今日の緑のボケ>
「たかむらこうたろう」ではなく「タカ(鷹)村 買うたろう」

 

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ことば検定  解説

きょうの解説

 

高村光太郎が暮らした小屋は岩手県花巻にあります。
ここは童話作家・宮沢賢治の故郷です。
宮沢が亡くなった後、その作品を出版するのを手伝った高村は宮沢家と交流があり、最初に花巻で暮したのは宮沢の実家でした。
それは昭和20年 終戦の年でした。

高村は元々東京に住んでいたのですが、家を空襲で失って花巻に移りました。
宮沢家が疎開先として招いてくれたのです。
ただその後、宮沢家も空襲で焼けてしまい、さらに山あいの地域にあった小屋を知人に世話をしてもらって住みました。
戦争中、戦意高揚を狙った作品を書いていた高村は、この小屋で一人 自責の念を抱えていたとも言われています。

 

 

 

前回の問題

-これまで出題されたことば検定-

 

本日の検定クイズ

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①「見聞録 KENBUNROKU」をブックマークしていただくことを推奨します。
Googleなどの検索エンジンで「クイズの文章」で検索する方法3選
*クイズ文の前に見聞録と入れると見つかりやすくなることが多いです。
*クイズ文に?ありで検索して見つからなくても、?をとると見つかることがあります。
*クイズ文に?なしで検索して見つからなくても、?を付けると見つかることもあります。
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