「勝海舟」明治時代に支援した事業は? 【ことば検定スマート】
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「勝海舟」明治時代に支援した事業は?
【ことば検定】今日の問題と答え

グッド!モーニング「ことば検定スマート」の問題と答えを紹介しています。
林修先生が、「ことば」「漢字」にまつわる勉強になるクイズを出題して面白く解説してくれます。
*正式な解答が出るまでは、解答予想となりますのであらかじめご了承ください。

 

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ことば検定 問題 

 

今日は、「幕末の三舟」と呼ばれた一人高橋泥舟が生まれた日です。
「幕末の三舟」とは、高橋泥舟、山岡鉄舟、そしてもう一人は勝海舟です。

この3人は、江戸の町を戦火から救った立役者とも言われ、江戸城無血開城への道を開いたと言われています。
新政府軍が江戸への総攻撃を計画する中、鳥羽伏見の戦いで敗れた徳川慶喜に、新政府に逆らわず江戸城を明け渡すように説得したのが高橋泥舟、そしてその慶喜の指示で西郷隆盛のもとへ向かったのが山岡鉄舟、最後に江戸で西郷と詰めの協議を行ったのは勝海舟です。

ということで、今日はそんな「幕末の三舟」の一人、勝海舟が明治時代に支援した事業は何かという問題です。

 

「勝海舟」明治時代に支援した事業は?

   -芝居
   -日本茶
   -揚げ物返品

 

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ことば検定 答え

   -日本茶

 

 

 

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ことば検定  解説

きょうの解説

 

勝海舟は、明治の新政府の中で海軍などの要職についたのですが、一方で徳川の旧幕臣のことを本当に心配していました。
彼らの状況は、いきなり失業したということで、非常に厳しい生活を送っていました。
そんな旧幕臣が担ったのが、今日の答え「日本茶」の事業です。

彼らは江戸を離れて、徳川家ゆかりの地・かつて駿府と呼ばれた静岡に住んでいました。
静岡茶は、武士の再就職で発展したのです。
当時、アメリカで日本茶が人気で、需要が見込めました。
勝海舟は、幕末にアメリカに渡った経験があり、そんな広い視野が静岡茶を発展させたのかもしれません。

 

 

 

前回の問題

-これまで出題されたことば検定-

 

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