
"新撰組からペリー来航まで"
教科書と違う!? 歴史の真相
【GOOD!いちおし】
テレビ朝日グッド!モーニング「Good!いちおし」のコーナーで紹介された内容をご紹介しています。
教科書と違う!? 歴史の真相
| 歴史にはまだ知られていない一面があります。 資料を改めて読み解くことで、教科書で学んだイメージとは異なる姿が浮かび上がってきました。 幕末の印象が少し変わるかもしれません。 |
新撰組と開国にまつわる
意外な歴史の真相
今回の「GOOD!いちおし」では、前回の「坂本龍馬の意外な姿」に続き、幕末の歴史で人気である新撰組や日本開国の裏側に隠された歴史の真相が紹介されました。
解説してくれたのは、大河ドラマ「べらぼう」や「妖魔伝」などで時代考証を担当した山村竜也さんです。
教科書で知っているつもりの幕末史も、残された資料を別の角度から見直すと、意外な事実が浮かび上がってきます。
実は新撰組の平隊士は安月給だった
新撰組といえば、池田屋事件で一躍その名を知られるようになりました。
京都に火を放とうとしていた過激派浪士たちが集まる池田屋を襲撃し、主要メンバーを討ち取ったり捕らえたりした出来事です。
この活躍に対し、幕府からは手厚い報奨金が出ました。
記録によると、局長の近藤勇には30両、沖田総司ら主な幹部には20両、役職のない平隊士にも15両が支払われたといいます。
こうした話から、新撰組は高給取りだったと思われがちですが、京都の三井両替店に残る資料によると、平隊士の月給は2両ほどだったそうです。
現在の感覚ではおよそ20万円ほど。
京都の町を命がけで警備する仕事と考えると、決して高いとはいえません。
ただし、新撰組は家賃や食費が隊持ちだったため、生活に大きく困ることはなかったようです。
月給2両は、ある程度自由に使えるお金でもあり、多くは飲み代に使われたといいます。
一方、近藤勇をはじめとする幹部クラスは、平隊士よりも高い給料を受け取っていました。
実は新撰組の隊服は黒装束だった
新撰組と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、あさぎ色の地に袖に白い山形模様が入った羽織です。
しかし山村さんによると、実は新撰組の隊服は黒装束だったという見方があります。
あの有名なあさぎ色の羽織は、赤穂浪士を真似たものだといいます。
赤穂浪士は当時、武士の鑑とされていました。も
ともと武士に憧れていた農民出身の近藤勇らが、その姿にあやかろうとしたのです。
しかし、この隊服は隊士たちからあまり評判がよくなかったそうです。
というのも、赤穂浪士の山形模様の衣装は、実際の討ち入り時の姿ではなく、後に「仮名手本忠臣蔵」という芝居で演出されたイメージに近いものだったからです。
日常的に着るには派手で、気恥ずかしさがあったのかもしれません。
そのため、この隊服が使われたのは最初の1年ほど。実物も現存しておらず、今では幻の隊服となっています。
実は大政奉還は3人で決められた
続いて紹介されたのは、大政奉還にまつわる新たな歴史の真相です。
大政奉還は、徳川幕府が政権を朝廷へ返上し、その後の日本を大きく変えた幕末最大の出来事です。
しかし、その決定に関わった人数は驚くほど少なかったといいます。
土佐藩から大政奉還の建白書が提出され、将軍・徳川慶喜がそれを受け入れる形で決断しました。
相談した相手は、老中の板倉勝静と若年寄格の永井尚志の2人だけ。
つまり、事実上は慶喜がほぼ独断で決めたというのです。
慶喜は自分の能力に強い自信を持っており、自分主導で新しい政治体制を進められると考えていました。
反対意見が出るのを避けるため、多くの大名を事前の相談には加えなかったとみられます。
十万石以上の大名には京都・二条城への招集がかけられましたが、その知らせが届いたのは大政奉還発表のわずか2日前。
しかも「国家の大事」とだけ伝え、大政奉還の話は伏せられていました。
その場で意見を求められても、実際には反対しづらい状況だったようです。
実は幕府はペリー来航を知っていた
日本開国の大きなきっかけとなったペリー来航にも、意外な事実があります。
教科書では、黒船が突然やってきて日本中が驚いたように語られますが、実は幕府は事前に情報を知っていました。
オランダ商館から、アメリカ海軍の使節が日本へ来るという情報が1年前に幕府に伝えられていたのです。
しかも、その内容はペリーの年齢や乗組員の人数にまで及ぶ、かなり詳しいものだったといいます。
ではなぜ幕府は十分に対応できなかったのでしょうか。
実はペリー来航の数年前にも、アメリカは日本に来ていました。
その時は強硬な態度を取らずあっさり帰っていたため、幕府には今回も最終的には帰ってくれるのではないかという淡い期待がありました。
しかし、実際のペリーは強硬でした。
幕府にとっても予想外の展開であり、何も知らされていなかった庶民にとっては、黒船の来航そのものが大きな驚きだったのです。
新撰組の入隊条件にも命がけの覚悟
最後に紹介されたのは、新撰組の入隊条件です。
新撰組に入るには、独身であること、または単身者であることが条件の1つでした。
既婚者の場合は、家族を駐在所から40㎞以上離れた場所に住まわせる決まりがあったそうです。
その理由は、家族が近くにいると、いざという時に家族を守ろうとする気持ちが任務の妨げになると考えられていたためです。
新撰組の仕事は、夜の京都を警備し、命の危険と隣り合わせの任務にあたることでした。
給料や隊服、入隊条件を見ても、新撰組が華やかなだけでなく、厳しい覚悟を求められる集団だったことがわかります。
教科書で知られる幕末の出来事も、資料を丁寧に読み解くと印象が大きく変わります。
今後も新たな発見によって、歴史の見え方がさらに変わっていくかもしれません。
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