「伊能忠敬」地図作りに取り組んだ理由は?【ことば検定スマート】
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「伊能忠敬」地図作りに取り組んだ理由は?
【ことば検定】今日の問題と答え

グッド!モーニング「ことば検定スマート」の問題と答えを紹介しています。
林修先生が、「ことば」「漢字」にまつわる勉強になるクイズを出題して面白く解説してくれます。

 

*正式な解答が出るまでは、解答予想となりますのであらかじめご了承ください。
*解答予想が出ていない場合は、再読み込みを繰り返してください。

 

 

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ことば検定 問題 

 

きょう2月11日は、1745年に日本で初めて実測地図を作った伊能忠敬が生まれた日です。

江戸時代に全国を歩いて実測し、地図を作りました。
こんなことから「伊能忠敬界隈」という言い方があります。
趣味はストレス発散などで長距離を歩く人を指すそうです。

伊能忠敬は、17年にわたり全国をおよそ4万㎞歩いたのですが、実は持病があってよく熱を出していた上、歯も一本しかなくなってしまっていたようです。
そんな苦労を乗り越えて出来上がった日本地図は、大変正確で貴重なものでしたから、事件も引き起こしてしまいました。
国外に持ち出そうとして追放になった人がいました。
それがシーボルトです。
この時、捕まる直前に写し取った地図があって、それを持ち出したことでヨーロッパに初めて日本の地図が紹介されたようです。

今日は伊能忠敬はなぜ地図を作ろうとしたのかという問題です。

 

「伊能忠敬」地図作りに取り組んだ理由は?

   -正確な暦づくり
   -黒船への対抗
   -歌詞が全部「い」

 

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ことば検定 答え

   -正確な暦づくり

 

 

<今日の緑のボケ>
「いのうただたか」ではなく「いの歌だったか」

 

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ことば検定  解説

きょうの解説

 

伊能忠敬が測量の旅に出たのは、55歳の頃でした。
今よりも平均寿命が短かった時代で、仕事を49歳で引退し、第二の人生として江戸で19歳年下の先生に弟子入りしたのがきっかけでした。

体力的にも金銭的にも過酷な地図作りですが、それは「緯度1度の距離を知りたい」という欲求から生まれたものだったらしいのです。
当時、すでに地球は丸いことがわかっていましたから、緯度1度の距離がわかれば地球の大きさも分かるはずだと測量に挑んだといいます。

そんな伊能忠敬が学んでいたのは、天文暦学でした。
天文観測を通じて、正しい暦を割り出そうという試みがなされていたのです。
昼は測量、夜は空を見上げ星の光度を観測、そんな旅だったようです。

 

 

 

前回の問題

-これまで出題されたことば検定-

 

本日の検定クイズ

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